炎



私はこうして統一教会(現 家庭連合)へ【6】のつづきです。


卒業が確定したら、やることは2つあった。
親への今後の報告と、資金稼ぎのための仕事探しである。

実家は佐賀。
車で帰ったっけ。
大学生の分際で車。
父が高3の終わりに買ってくれたものだった。
別に、私がねだったわけではない。
父が買ってやるという。
父は昼間から酒を飲むような人だったので、車は家に無かった。
だから、自分が欲しかったのではなかろうかと思う。

というわけで、車の選定。
私の注文は、「赤い小さな車」というだけだった。
それ以上は、分からなかった。
車を所有していない家に育ったからか、全く車には無知だったのだ。
車種名はおろか、メーカーさえ知らなかった。
それゆえ、小学校の頃はバカにされたね。
「ひき逃げ事故を目撃したときに、警察に車種を教えることもできんやん」
と、遭遇確率0.00001%の事例を挙げたヤツもいたっけ。

数日後、家に車が来た。
「この車でどうやろ?」
と、ダイハツ販売に勤めていた親戚の人が、わざわざ家に持ってきてくれたのだった。
ダイハツの人だったけど、なぜかホンダの車だった。
おそらく、中古車は他メーカーも扱ってたんだろう。
これが私とホンダの初めての出会いとなる。
(その後、hondaファンになるのだが、この時は何とも思わず)
その車は初代シビックだった。
こんな感じだったね(ChatGPTに作ってもらった)。


ボディカラーはご覧の通り、なぜかオレンジ。
赤が希望だったのにね。
実は、車を見たときは夕方で、
夕焼けが当たって赤に見えたというオチがついたというワケ。
ああ、そうそう思い出した。
エアコンなんて付いてなかったから、夏は大変だったよ(笑)。


かなり横道にそれてしまった。
車のことなんか全然書くつもりなかったのにね。
平井和正は「私が書いているのではなく、自動書記のようだ」みたいなことを言っていたが、それに近いものなのかな?
いや、そこまでいかないか。
主人公が一人歩きするような感覚と言った方が近いかな。

何はともあれ、実家に帰って両親と祖母に、
「卒業してもまだ就職しない。1年間働いて学費等を稼いで専門学校で勉強して、それから就職する」
ことを話した。
すると・・・・・・・、



父親は馬鹿笑いした。
大きな声で。
何を言われたかは覚えていない。
母と祖母の反応も記憶にない。
ただ、父の馬鹿にしたような笑い声だけが、頭の中にこびりついている。
「そがんことできるもんか」
「普通に就職せんね。バカなことば考えんで」
そんなことを言われたんだと思う。

でも私は頑固だった。
はらわたが煮えくり返ったし。
見返してやりたかった。
(何が何でも東京の専門学校に行ってやる)
そう思った。
同時に、あの不思議な感覚、
(ああ大丈夫、絶対できる)
という確信が私の内にあった。
普通に考えたら、たった1年間で学費と生活費を稼ぐなんて絶対無理なんだけどね。

というわけで、強引に押し通した。
さらに、親の脛をかじろうというわけではない。
それなら、どう生きようと自由だろう(人に迷惑をかけない限りは)。
そう思った。



さあ、次は重要な仕事探しだ。
私は女性ではないから、水商売で稼ぐとかできないわけだ。
もっとも、もし女性だったとしても、そんな仕事は絶対できないが。
何をやったら、大金を稼げる?
起業するような才覚は持ち合わせてないし、たった1年間しかないわけだし。
そこで私が選んだ仕事とは・・・・・。
つづく



By Tadahiro.K

家庭連合非アクティブ教会員。 洋楽・ONE OK ROCK・坂本龍馬・hondaが好き。 ハイレゾ音源のAmazon Musicをお気に入りのオーディオで聴きながら、 いろんなことを書いています。

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