南京錠



私は東京にいた。
人混みだらけの東京なんかに住みたくなかったのに、東京にいた。
なぜかというと、私が勉強したかった専門学校が東京にしかなかったからだ。
日本にたった一校だけ。
私に選択肢はなかった。

というわけで、私は四畳半の部屋で、天井の裸電球をぼんやりと眺めていた。
まだ、テレビもテーブルも何もない。
あるのは布団だけ。
ラッキーなことに、裸電球だけは最初から付いていた。
他の荷物はまだ届いてなかった。

家賃はいくらだったろうか?
1987年のことだから忘れてしまったが、東京のど真ん中にかかわらず、超格安物件だった。
東京ドームの近くだったけどね。
それもそのはず、かなり古い建物で、四畳半という狭さに加えて、風呂・台所無し、トイレ共同。
極めつけは、入り口の鍵が南京錠だったということ。
知ってます?
南京錠を。
こんなのですよ。

小屋でもない、物置でもない、人が住む部屋の入口の鍵がこれだった。
その気になれば、簡単に侵入可能。
ドライバー1本あれば、十分だったのだよ。
まあ、もっとも、こんなボロアパートに忍び込む酔狂な泥棒なんていやしないが。

何はともあれ、そのときは1980年代。
バブルに差し掛かる頃かな。
日本がウハウハだった時代だ。
決して『神田川』の世界ではなかった。

それなのに、なぜ、私は南京錠のアパートに住むことになったのだろう?
別に、家が貧乏だったわけでもないのに。


つづく




By M-BOX

家庭連合非アクティブ教会員。 洋楽・ONE OK ROCK・坂本龍馬・hondaが好き。 ハイレゾ音源のAmazon Musicをお気に入りのオーディオで聴きながら、 いろんなことを書いています。

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